初心忘るべからず

ご無沙汰してしまいました・・・

前回の流れからいきますと、見事に自分との闘いに負けていた感じですね。特に夕方以降のダルさは、意外に根深い時差ぼけもあったのかもしれません。

そうは言いながらも時間は進み、自分も進まなければ、と今週は月曜、火曜の2日間で北海道に行ってきました。

今回も様々な牧場に伺い、ご挨拶をさせていただきました。本来であればどちらに伺った、という話はいろいろな関係もありますから書くべきではないですし、自分自身のためにも得策では無いと思うのですが、今回だけは訳あって書かせていただこうかと思います。

その牧場は浦河の笠松牧場様です。その名前でピンと来る方もたくさんいるかと思います。そう、今年のダービー馬ディープスカイの生産牧場です。だからといってダービー馬の生産牧場だから伺ったわけでもなく、今までお世話になった厩舎との縁で伺ったわけでもありません。

実は、プレシャスキールという馬の生産牧場であり、繋養している牧場だったからです。そして、このプレシャスキールこそが当時悩んでいた自分の背中を押してくれた馬なのです。

プレシャスキールは、1995年生まれ父ノーザンテースト、母マルゼンキールの牝馬です。競走成績は2戦1勝、繁殖牝馬として、現在活躍しているサンライズレクサス、ヒカリシャトルを輩出しています。そして、競走馬となるための育成時期を過ごしたのが、当時私がお世話になっていたノーザンファーム空港牧場だったのです。やがて二人は出会い、調教パートナーとなったのです(ちょっと話が怪しい方向に行ってしまいましたね)。繊細でしたが乗りやすく、小さな体の割りに力強く走る馬でした。

その後無事に成長して美浦トレーニングセンターに入厩し、初戦となった3歳未出走戦を快勝しました。しかし、2戦目のレースの後に屈腱炎を発症しまた空港牧場へ帰ってきたのでした。非常に残念な思いと、今となっては場違いながら当時の自分の中では悔しさも感じたのでした。また、ちょうどその時期というのは、そのまま牧場に残るのか、競馬学校を目指すのか、悩んでいた時期とも重なっていました。

そのような当時の若気の至りともいえる悔しさ、自分の責任で最後のレースに臨む部分に携わりたい、この時生じた思いが時を経て記憶の中では薄れてきていたとしても、こうやって調教師となることができた原動力であったことは間違いありません。そういう意味で、私にとってプレシャスキールという馬は非常に大事な馬なのです。

そして、ほぼ10年経った先日、ついに再会することができました。一目で分かりました(正直顔が派手なお蔭もありますが)。そして立派なお母さんでした。何とも言えず、嬉しかったです。でも、若かりし時の自分に対する気恥ずかしさと、立派なお母さんぶりで、しっかり正視することはできなかったですね。その放牧地を立ち去るときに、もちろん自分について来たわけではないのは知っているのですが、こちらに向かって歩いてきていた姿はしっかりと瞼に焼き付いています。

こうして、プレシャスキールにホースマンとしての初心を思い出させてもらい、また、ブラッドスポーツと言われ血が繋がっていく競馬というスポーツの素晴らしさを改めて実感したのでした。

最後に、このような思いで牧場を訪問した私を快く迎えてくださった水上代表に改めて感謝の意を表させていただきたいです。どうもありがとうございました。

さらに最後に、非常にひいき目が入っていますが、父アグネスタキオンのプレシャスキールの産駒の当歳馬は素晴らしく皮膚が薄く美しい栗毛の馬でした。緊張と感動で牡だったか牝だったかも憶えていないのですが・・・

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