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zoom RSS 大久保洋吉先生

<<   作成日時 : 2015/03/03 22:12   >>

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先週の土曜日、2月28日をもって大久保洋吉先生が70歳の定年を迎えられて調教師を引退され、厩舎は解散となりました。

私がお世話になったのは、平成14年11月から平成20年2月まで調教助手として、そして調教師試験に合格してから開業までの1年間、計6年半、実はそれまでのキャリアでは牧場から含めても一番長くて3年に満たなかったので、一般的には長いとは言えないかもしれませんが、僕自身の中では一番長くお世話になった先生、そして厩舎でした。

実はその前にお世話になっていた厩舎の和田正道先生は大学の先輩でもあり、この道に進むために本当に色々なアドバイスをいただき、そしてご尽力いただいたのですが、当時息子さんを助手として自分の厩舎に迎えたい、というお話をいただいたので、それならば調教師を目指すステップして糧となる厩舎で仕事がしたい、と探していました。その時に大久保先生のところで調教助手の人が持ち乗り職に替わる、という話を耳にして、ぜひ働かせてください、と大久保先生にお願いして働かせていただけることとなりました。

昨日のパーティーでの先生に送るスタッフの言葉でもよく出てきた、先生のお心の広さ、僕自身を迎え入れてくださったのも本当にそれに尽きます。今までまるで接点のなかった、そして馬に乗る技術も決して高くない自分を気持ちよく迎え入れてくださいました。

厩舎で仕事させていただいた時の思い出は尽きないですね。

厩舎に移った翌年、脚元の良くなかったリージェントブラフを厩務員さんとともにケアしていたところから、ドバイワールドカップに帯同させていただき、結果は残念でしたが無事に出走し帰ってこられたことは大きな経験となりました。そして、その年のダービーのハイアーゲーム、レースに至るまで本当に素晴らしい緊張感を肌で感じることができました。負けはしましたが素晴らしい3着でした。また、この二つのレース、ワールドカップではプレザントリーパーフェクト、ダービーではキングカメハメハ、この2頭の鳥肌が立つような強さは実際に戦ってその凄みを感じて、今ももっと強い馬を育てたい、と思う原動力になっています。

ショウナンパントルがジュヴェナイルフィリーズを勝った時は坂路が延長された年で、3本乗るのか、2本にするのか、と試行錯誤されたのも懐かしく、その中であのような結果が出た喜びもありました。

のちに鳴尾記念を勝ったメジロマントルが1000万特別を逃げ切った時、あんなスローで逃げてはだめだ、もっとペースを考えろ、と吉田豊騎手に勝っても注意されていた姿、ちょうど競馬場に行っていて記憶に残っているのですが、常に勝とうが負けようが冷静に分析して反省すべき点、次につながる点を考えてらっしゃっていたと思います。

また、よく格上挑戦や幅広い特別登録をされていたと思うのですが、選択の幅を広げ、チャンスがあれば行けるように準備しておかなくてはいけないこと、今でも肝に銘じています。先生がおっしゃっていました。「走っていない馬が勝つことはないからな。」

それができたのは厩舎の核として吉田豊騎手がいたことも大きかったと思います。選択肢を広げても、しっかりとした所属騎手が乗れるというのは大きな強みでした。他にも触れましたが、その師弟関係は今では稀有なくらいですが、最後まで素晴らしい関係だったと思います。自分もそのような形でいつか騎手を育てられたら、そう思えるのは先生と豊君を見てきたからですね。

師弟関係といえば、自分も含め4人の調教師を輩出していらしたということも特筆される部分ですね。これも仕事をしながらも勉強もできるような、やはり先生のお心の広さに通ずるのかもしれません。お心の広さに関しては、スタッフの方々が口をそろえて言う、何かがあった時、例えば馬が故障したような時も決して責めるようなことをしない、厳しさの中の優しさを持ってらして、もともと調教師会の役員として競馬会と喧嘩も辞さないくらいものを言うイメージが外に向けてある中で、スタッフとしては先生に守られているようなイメージを持っていました。今自分も経営者として意識していることではあります。

数字に強い先生でらっしゃったからでしょうか、いつの時かの会話で、おれもあと100か月だな、1000勝できるかな、とおっしゃっていた時があって、100か月って考え方がさすが先生と思いつつ、1000勝という高い目標設定を意識されていたんだという思いと、現実的には厳しいのを分かりつつ、という切なさを感じ、自分もスタッフとしての力のなさを申し訳なく思ったものでした。

そして100か月は過ぎ去ってしまいました。きっと先生にとってあっという間だったのだと思います。

ちなみに僕が大久保厩舎に入るきっかけとなった持ち乗りになった助手、というのが野田村さんという女性の方で、彼女が最後まで担当していたハイアーレートとマイティーハニーをうちの厩舎で引き継いでやらせていただくこととなりました。これもほんと何かの縁かな、と感じています。

マイティーハニーに関しては最後に先生の所属で出走できるのでは、とも思っていたのですが、いろいろ確認で調べていたら会員さん向けのコメントで
「使いたい気持ちもあったけど冷静に考えれば本数も足りないし、うまく行かないと会員の方にも馬にも尾関にも悪いから」との旨のお話をされているのを見つけて、熱く心を打たれました。

もちろんもう1頭の転厩馬イーデンホールも、本当に先生と吉田豊騎手の熱い思いを感じるヒヤシンスステークス2着、今後ダート戦線できっと活躍してくれると思いますし、活躍させなければなりません。

書きたいことが多すぎて煩雑な文章になってしまい申し訳ございません。今朝スタンドで先生の姿を見かけられず、吉田豊騎手が違うジャンバーを着て違う厩舎の調教をつけ、まだ現実味があまり感じられませんでしたが、何日かが経って受け入れられるのかな、と思っています。

1000勝やダービー制覇を常に頭に置かれて仕事されてきた先生にとって、長い間お疲れ様でした、と言われても長い間ではなかったのかもしれません。とはいえ、昨日の引退記念パーティーに駆け付けてくださった皆様の顔、その雰囲気、あれが先生の残された素晴らしい功績を示していました。39年間本当にお疲れ様でした。そして言葉では表しがたいですが、本当にありがとうございました。先生の作られた礎をしっかりと引き継いでまいります。






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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
尾関先生こんにちは。
洋吉先生との師弟関係感動しました。
以前洋吉先生とはお話させていただいたことがあるのですが、非常に丁寧に受け答えをしてくださり人間性に感銘を受けたのを覚えています。転厩してきた子での初勝利期待しています。
ぽえろり
2015/03/04 13:05
洋吉先生の記事、有難うございます!
読んでいて、洋吉先生そして尾関先生のお人柄を強く感じ、胸が熱くなりました。
ストークフィールド以来、ずっとまた出資出来るチャンスを窺っていましたが、マイティーハニーがお世話になることになって本当に嬉しく思っています。奇しくも同じ芦毛であることも何か不思議な縁のようで嬉しいです。
フィーくんの分も、たくさん走ってくれることを願っています。
幸せ探し
2015/03/05 23:57
マイティーハニーよろしくお願いします。Seattle Slew持ちのハイアーレートやマイティーハニーが得意とするのは大箱コース(東京・中京・新潟)だと思います。
小回り中山より格段にパフォーマンスが上がると思います。ぜひよろしくお願いします。
メテオ
2015/03/11 21:25

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